
日本のプロ野球投手で言えば、潮崎のシンカー、岡林のパーム、今中のスローボール、今で言えば、藤川球児のストレートが魔球と言えるだろうね。そう簡単に打てない。日本球界史を語れば、稲尾の鉄腕は・・・、江川のストレートは・・・、東尾のシュートは・・・って議論は尽きないのだが、僕達世代にとっては、当時の熱狂を体感できないだけに、その世界は歴史として知る範囲ってことになる。
僕の知る範囲で、伝説級の日本ピッチャーをあげるとすれば、ヤクルトスワローズの伊藤智仁になる。彼のスライダーは、全盛期には圧巻だった。細身の体だが、完投しても急速が落ちず、特にデビューは鮮烈なものがあった。彼の偉業を下記に箇条書きします。
※1993年のデビューして以来、7月に右ひじ故障するまでの短期間で、7勝2敗。防御率0.91。この0.91ってのが凄すぎる。7勝のうち、4勝が完封勝利。リーグタイ記録の16三振/1試合を巨人戦にて達成。実働3ヶ月のこの成績だけで、同期の松井秀樹ではなく、伊藤智仁が新人賞を獲得
※1993年のデビューして以来、7月に右ひじ故障するまでの短期間で、7勝2敗。防御率0.91。この0.91ってのが凄すぎる。7勝のうち、4勝が完封勝利。リーグタイ記録の16三振/1試合を巨人戦にて達成。実働3ヶ月のこの成績だけで、同期の松井秀樹ではなく、伊藤智仁が新人賞を獲得
※その後、3年間を故障&リハビリに費やすが、1997年には、154km/h(デビュー時は、Max147km/h)ストレートと高速スライダーで、クローザーとして復帰。7勝19セーブでカムバック賞獲得
※その後、再度の怪我により、生涯成績37勝27敗25セーブにてプロ生活に終止符を打つ。現役生活の半分以上を怪我とリハビリに費やしたこととなる
※その後、再度の怪我により、生涯成績37勝27敗25セーブにてプロ生活に終止符を打つ。現役生活の半分以上を怪我とリハビリに費やしたこととなる
以上のように、伝家の宝刀スライダーは、肩への負担(脱臼しやすい)が高く、短命に終わったが、彼の全盛期は、伝説に値する。多くのプロ野球ファンが共感する真横に曲がるスライダーは絶品だった。今回、私が、伊藤智仁に伝説の賞賛を与える理由は、もうひとつある。彼の野球へのこだわりである。
【最後に投げた直球のスピードは?】
2002年、リハビリ復帰後、2軍戦にて登板。先頭打者を見逃三振にとるが、次の打者への初球に、再度の肩亜脱臼再発、投球不能となる。後日、ヤクルトは、引退勧告&ヤクルト本社勤務を薦める。伊藤は現役に拘り、年俸8,000万円→1,000万円の大幅ダウンを受け入れ、現役を続ける。一年後の2003年10月24日、2軍戦にて再登板。その試合が最後となり、数日後、彼は、自ら現役引退を表明する。ボロボロになったエースは見たくなかったが、彼の現役への拘り、その意地が、伝説に値する。これが、My Legendsにどうしても伊藤智仁を入れたい理由である。彼が最後に投げたストレートは、中学生でも投げられる108km/hであった。
古田曰く、「今までで受けた投手で最高の投手」と評する伊藤のスライダーは、YouTubeでどうぞ!水野解説、打者は巨人の井上。スローモーションで流れる伝家の宝刀は、涙ものです。当時、地球は、伊藤智仁を中心に回っていた。っと思います。
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