2007年9月14日金曜日

荒川静香


これぞ東洋の女神!

2006年2月-トリノオリンピックのフィギアスケートにてアジア選手として史上初の金メダルを獲得。イタリアメディアは、「彼女こそ、東洋の女神!」と賞賛した。同感である。今回、私が、My Legendsに認定するにあたり、下記3点を挙げる。
1)伊藤みどりからの脱却
伊藤みどりのトリプルアクセルは神業。あれは、彼女にしかできないし、爆発的パワーを感じる。彼女は、毎回、規定演技でつまづき6位~10位くらいから、フリーの一発勝負にすべてを賭けるスタイルでTsunami Girlと言われた。当時、日本人はパワーはあるが、表現力が・・・・が決まり文句だった。92年、伊藤みどりの銀メダル(アルベールビル)から14年経過し、Venus of Orientの賞賛を捥ぎ取ったのが、荒川静香である。これぞ、Asian Beautyであり、あれだけの大舞台で、クールに美を決めた荒川静香を私たちは伝説として認定しても良いのではないか、と思う。

2)イナバウアーの意地
荒川のトリノは、決して、順風満帆ではなかった。2005年の新採点法式の導入により、イナバウアーは採点対象外となる。同時に、演技の方向性のズレから、ロシア人コーチとの師弟関係をトリノ直前で打ち切る。更には、時代は、浅田真央、安藤美姫へとシフトするかに思えた。あの大舞台で、採点対象でないイナバウアーを演じたことは、彼女の意地だと思う。これが、私のすべて!ってな表現力。その瞬間、観客のどよめきが、伝説に値する。

3)浅田真央では駄目だった
オリンピックへの参加年齢制限により対象から外れた浅田真央だが、世間は、「浅田なら金メダル確実!」と言っていた。浅田真央の演技力も抜群であるが、浅田の金メダルでは、東洋の女神にはなれなかった。なぜなら、荒川(当時24歳)の金メダルは、五輪女子フィギュア史上最年長の金メダル獲得であったからである。その視点も同様に、荒川静香の伝説を肯定する。


それでは、伝説のイナバウアーをYouTubeにてどうぞ。その瞬間は、3分28秒後。

リンク:Arakawa Shizuka 2006 Torino
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